東国三社資料   (案内看板などからの抜粋) 文:沼澤篤研究員
 

                  
鹿 島 神 宮

 御祭神は武甕木追大神(タケミカヅチノオオカミ)。神武の昔、天照大御神(アマテラスオ
 オミカミ)の命 により、国家統一の大業を果たされ、建国功労の神と称えたてまつる。武
 道の祖神、決断力の神と仰がれ、関東の開拓により、農業、漁業、商工、殖産の守護神、縁
 結び、安産の神、また鹿島立ちの言葉が示すよう に、交通安全、旅行安泰の神でもある。

 要 石 : 大鯰を押さえているので、この地方は大地震が少ない
 奥 宮 : 重要文化財  御手洗:池の水温一定。夏は冷たく、冬は温かい
 鹿 園 : 30数頭、網戸で囲われた中にいる
 樹 叢 : 70ヘクタール、1000種、南限、北限の植物が多い、県天然記念物
 
 

                  
息 栖 神 社

 海上守護、交通守護の守り神。鹿島神宮、香取神宮との関係が深い。芭蕉の句「此里は気吹
 戸主の風寒し」。広大で浅い内海であった香取の海といわれる古代の水郷の中で、おきすの
 社と呼ばれた水の神であった。それが息栖神社の始まり。
 その後、おきすの津と呼ばれ、水上交通の要となった。江戸時代には高瀬舟の港としてにぎ
 わった。道の奥(みちのく、奥羽)と坂東(関東)との境にたって、物資輸送に励んだ船人
 をしのぶ手がかりとなっている。
 「帆柱ぞ、みおつくしなる大船のかとりの浦の見るめからねど」
 「鹿島潟沖洲の森のほととぎす、船をとめてぞ初音ききつる」 赤松宗旦「利根川図誌」

 忍潮井(おしおい):もと、海水の中で真水を噴出させていたと云われる湧水。男瓶、女瓶
           と呼ばれる二つの井戸からなる。日本三霊泉の一つ。
 息 栖 神 社と河 岸:利根川の舟運で栄えた。物資の輸送のみならず、旅行者にもおおいに
           利用された。東国三社参詣の人々、下利根川地方遊覧の人々で大変に
           ぎわった。木下河岸(現在は千葉県印西市)から船出して、遊覧を楽
           しむ乗り合い船は木下茶舟(きおろしちゃぶね)と呼ばれた。
 
 

                  
香 取 神 宮

 経津主大神(フツヌシノオオカミ)を祀る。心願成就に霊験あらたか。国土開発、建国の神
 国家鎮護、国運開発、民業指導、武徳の祖神。現在の本殿は元禄十三年造営。
 香取神宮の杜の植物:スギ、イヌマキ、スダジイ、シラカシ、シロダモ、シダ類、ヤブラン
 など往時、利根川の「津の宮河岸」には常夜燈が灯され、旅人を迎えた。明治期にこの地を
 逍遥した与謝野晶子の歌「かきつばた香取の神の津の宮の、宿屋に上る板の仮橋」歌集「青
 海波」収録 明治44年
 がいあ船長の"追伸":香取神宮の境内から見て北に伸びるがる入海を北浦、西に広がる海を
           西浦と呼んだことが現在の西浦・北浦の名の由来。
 
 
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